写真で振り返るモンゴル【一人旅】何もない大草原と人々の生活

2018/06/24~07/08

モンゴルに一人旅に行ってきた。

今まで訪れた国の中でも一番好きな国、もう一度行きたい国「モンゴル」

この国を訪れた全ての人がこの国を好きになる。本気でそう思う。

その魅力を、僕がぶつけれる表現の全てと写真で振り返りたいと思う

モンゴルへの誘い

世界一周の3カ国目として訪れたモンゴル。

当初、僕がモンゴルに持っていたイメージは、モンゴル相撲、大草原に住む遊牧民、ゲル。

これぐらい

みんなも大体同じだろう、しかしそれについて深くは知らないまでも強烈なインパクトを感じているのではないか

想像の中で迸り溢れ出ようとするイメージ一つ一つ。これが僕をモンゴルへと誘った

 

首都ウランバートル

ロシア・イルクーツク発、モンゴル・ウランバートル行き。

六月二十三日午後八時十三分。乗客の僕等は車輪の反動を全身で受け、多言を許さぬロシア語表記の街を後にした。

翌朝モンゴル・ウランバートルに着くと案の定、タクシーやゲストハウスの客引きにあった。が、その交渉には他の国とは違う柔らかさがあった。

高層ビルや商業施設が並ぶ首都ウランバートル、周縁には遊牧生活を辞めた人々が、都市部に職を求めて移住しゲルで生活している

飛行機から見ると、ウランバートルは草原の真ん中に浮かんでいる近代都市の島のようだ。

from 地球の歩き方

まさしくこの名の通り、ひとたびウランバートルを抜けるとあとは永遠に草原が広がる

何もない大草原

何もない、何もないのだ。

通常私たちが想像する「何もない町」には何かがある

電波は弱くとも電線が張られ商店が点在し水道が通りーーーーーー

だがここにはゲルがぽつん、とあるだけで他には本当に何もないのだ

見渡す限りの大草原の奥にかすかにゲルが見え、動物たちが暮らしている

そこに住む人々

首都ウランバートルのゲストハウスで手配し遊牧民の生活にお邪魔させてもらった。

ウランバートルから西へ約200キロ、ハラホリンへの道の途中で降りると、私のホストファミリーが待っていてくれていた

そこからゲルへ。ゲルに着くとお茶と揚げ菓子でおもてなしをしてくれた。

遊牧民の一日

日の入りと共に1日を終え、日の出とともに1日をスタートさせる。

早朝、男は朝飯を食べモンゴル版ミルクティー・スーテーチャイを飲み干すと放牧へと出かけて行く、

年頃を迎えた息子は一家の柱として放牧を父から習い、馬を自在に扱い家畜を追う。

その親子の背中が本当にカッコいいのだ。

 

女性はゲルで乳製品の加工を行う。作る乳製品は本当に豊富だ。牛乳とお茶を混ぜたり、ヨーグルトにしたり、硬くしたり、干したり、ジャムにしたりーーー

娘は、母を手伝いこの加工や料理を習う。

それより小さい子供は一日中外で遊び、モンゴル相撲なんかをしている。

男が放牧から帰ってきた後は一家団らんの晩御飯。日が沈むと寝て、また次の一日へ。

 

それぞれの国にはそれぞれの生きるペースがあり、その国にはその国の男のかっこよさ、女性の偉大さがある。

遊牧民気質

遊牧民族と農耕民族の違いは何だろうか?

農耕民族は定住して土地に執着するのに対して、遊牧民は土地に執着しない。

あるのは家畜を支配するということだけだ。

事実歴史を見てみると、大きなモンゴル帝国を築いたチンギスハンは土地ではなく、人の支配で広大な帝国を作り上げた。

農耕民族の日本はどうだろう、いくら土地を持っているかが権力の象徴だった。

奉公という制度が分かりやすい。領土を家臣に与えて何石領土を持っているかで優劣をつけ支配していたが、これは定住して食料を作るという農耕文化においては当然の仕組みだったのだ

 

ーーーー遊牧民はおおらかだと言われることが多い、こういった物事の根底の考え方が影響しているのではないかと感じた。

一方的ではなく謙虚な、嫌味のない優しさで、単なる観光客の私をおもてなししてくれたし

買い物やレストラン、道を訪ねたりした時のような日常レベルの関わりでも

モンゴル人の人当たりの柔らかさ、他や異を排さないふところの深さを感じることが多かった

 

訪問したゲルの子供達も僕を優しく迎え入れてくて、日が暮れるまで一緒に遊んだ

関わったみんなの優しさに包まれ、大草原に広がる夜は怖くなかった

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